遊戯盤を前に、佇む男が一人……。
「クイーンとルークは睨み合い、ナイトが牽制する図か……。だが、ビショップに切り込まれポーンが裏切ると盤面は荒れるな……。」
くつくつ……と男は笑うが、不機嫌そうに盤上の駒を払い除ける。
「所詮、有り得ぬ事態。……遊びが過ぎたか。」
蝋燭の炎だけが踊る室内で、男は彫像のようにピクリとも動かず次の策を練っていた……。
所詮は遊び……。
この世界は退屈を紛らわす巨大な遊戯盤。
ならば精々私を楽しませるが良い。
口元に、皮肉な笑みが零れる……。
南向きの、暖かい政務室。そこには机と椅子と、青年と少年の姿があった。
「なぁ、何であのノミの心臓のタヌキ親父はオランを売ったんだ?」少年は、机に腰掛けている。
「……ロドーリルからの密書が出てきた。『プリシスを攻め落とした後でオランを攻める際に我らに呼応すれば地位と財産は保証する』
…まぁ、簡単に言えばそういう事だな」青年は、書類に目を通しながら素っ気無く答えた。
「もっとも、そんな約束などしてない……と言ってしまえばそれまでだ。守るつもりの無い空約束で激しく踊ってくれれば儲けものだ。……そういう腹だろうな」
「それで、ノミでタヌキな腹黒い親父たちは踊った……んだな?」少年は、少し火傷の跡が残る足をプラプラさせながら尋ねた。
「じゃ、一番得をするのは鉄面皮のおばさん?」
「さて……な。 そこまであのおばんは考えないだろうな。考えるとすると……」青年は、壁の方に視線を向けた。
執務室に、沈黙が舞い降りる。
その沈黙を破ったのは、少年だった。
「なぁ……ずっと聞きたかったんだけど……。何であの人たちを助けたんだ?」
「気まぐれ…とは言えんな。情に絆されたというのだろう」サラサラと羽根ペンを流麗に動かし、サインをする。
「だったら……だったら、何で俺の時に、あの子供達を助けなかったんだ?この前のは2人だったからか?2人だから金が掛からないから助けたというのか!」
「……一に曰く、天下は金勘定を以って治めるべし」書類にサインを続けながら青年は答えた。
「…………冗談…だろ……?」
「笑えぬ冗談だが、これも真理だ。 お前は、何処で育った?」
青年の視線が、背中に刺さる。
少年が育ったのは、街の中の孤児院。そして、そこを運営しているのは……。
「ごめん。 でも、でも……あのリサっていう子の兄貴は助けられたんじゃないのか?」
「……そうだな。優秀な、その身に神の魂を降臨させられるような司祭の魂と引き換えにな。聞くが、その子の兄にそれだけの価値はあるのか?」
少年は、答えない。
「人の命には其々価値がある。 金貨1枚で贖える命もあれば、一国と引き換えにしても惜しくない命もある」
「じゃあ、あの人たちは お前の目に叶うだけの価値を持っていたのか?」
青年は、答えない。
「……だったら、だったら中途半端に救いの手を差し伸べるなよ!」
少年は机を飛び降り、執務室から飛び出して行く。
青年は、飛び出して行った少年の後姿を眺める。
「……私は、砂浜で砂を掬う者だ。掌から零れ落ちる砂粒は見捨てなければいけないのだよ…………」
書類に目を通しながら、今はこの場に居ない少年に向かって呟く・・・・・・。
ダカラ、オマエハ零レ落チル砂粒ニ手ヲ差シ向ケルモノニナッテ欲シイ……