12345/PROMISE/

† † † PROMISE † † †

「……これがパン祭りか」
「うむ、パン御輿、どこだよ? なに、ねーの?」
「屋台、どこです、焼きそばのっ」
「さあ、じゃんじゃか弾きまくって、歌いまくるぞう!」
「あ、待って、うちまだ支度できてないんっ」
祭りの夜へと、駆け出してゆく。

promise W

少女は、そのいささか野暮ったい容姿から窺われたよりも、ずっとダンスが上手かった。
「ふうん、そう言う変な踊り、オランでは流行ってるの?」
「ええ、そうですよ。盆ダンスと言うのです」
『変な』と言う部分を強調して、アンと言う名の赤毛の少女はウィンドの踊りをまじまじと見ている。
嘘を教えるな、との仲間からの突っ込みにウィンドは、ふにゃっと笑顔を向け、煙に巻こうとしてみた。
実際に巻かれてくれる者は、少ないのだが。
アシンメトリーに円を描くようなウィンドの振りに、赤毛の娘がまた朗らかに笑った。
女領主の館でメイドをしている少女だが、遠慮というものは、礼儀として躾けられてはいないようであった。
祭りの雰囲気にあてられたのか、高揚した気分を発散するべくアンが、ウィンドの手を引いて踊りの円の中に入ってゆく。
「足踏んだら、許さない〜」
顎を上げ、ウィンドの鼻先に指を突きつけ言い放ち、少々強引に手を取ると、軽やかに踊り出す。
お下げに垂らした赤毛が揺れて、手足が、大きくゆるく舞う。
まるで、水を掻くように。
水の中で揺らめくように。
ひらひら、ふわふわ。
「……っ」
息が、詰まる。
軽い目眩がした。
水中にいるわけでもないのに。
慌てて首を振り、遠い海の幻を振り払う。
ここは、ミラルゴではない。
曖昧な笑顔でウィンドは、少女に付き合って最初はぎこちなく…それでも徐々にリズムに慣れ、踊り出す。
ウィンドとアンの、伸びやかな、四肢。
2本の、人間の、脚。
「………………」
呼んだのか、呼ばれたのか。
おそらくは、呼んだのだろう。
ウィンドの声は祭りの喧噪に飲み込まれ、夜空へと溶け込み。
風に乗って、東へと。

promise Ri

「あ、あの銀髪、カルセアみたいやわー! でもカルセアの方が、らぶりぃやなっ」
人混みを縫い、小走りで出店を周る少女。
太陽の色のドレスを翻し、人々の観察にも余念がない。
「あ、あっちの黒髪の人は、アリアちゃんみたい、スマートで……って、なんや、男の子やったわー」
眩しい笑顔を振りまいて。
持ち前の人なつっこさですっかり仲良しになった、領主の館のコック長とダンスに興じ、足を踏んでは謝り、笑い合う。
仲間と一口ずつ分けて味見をした駄菓子を頬張りながら、小柄な身体がまた走り出す。
「ナリスさんやマスターさんのお料理のが美味しいわ。これはこれで、乙なもんやけど」
すれ違いざま、くるくるとした青い瞳を、金色の光が射た。
足を止め、肩越しに振り返る。
「……あ。あの金髪のおっきい人、ガル兄ちゃんみたいやわ。んー、でも、西らへんの言葉やないんやねー」
東方語の、他愛ないらしい軽い調子の会話が耳に入り、リルは肩を竦めた。
リルには、東方語はわからない。
響きだけ聞くと、少し澄ましているようで、遠い気がする。
でも西方語は、もう少し優しいし、暖かい。
「…よな? ま、贔屓かもしれんけど」
つんと胸を突くような感覚に、首を傾げる。
「なんやろ。ホームシックやろか」
なにかが、引っかかる。なんだろう?
いやな気持ちではない。
むしろ……。
まだ、気付かない。
誰も知らない。
本人さえも。
けれど約束は、もうすぐそこに、そう遠くない未来に。
そうしてリルはまた一歩。
とん、と踏み出し、近付いた。

promise A

その白いドレスは、黒髪にとてもよく映えていた。
女領主が気を利かせ、用意してくれたダンスに相応しい衣装。
あつらえたようにぴったりと身体に合い、ドレープをたっぷりと利かせた裾は、すんなりと伸びた脚にさやさやと纏い付いた。
白く堅い法衣に慣れた、柔らかな胸や腕や脚が、少しだけ心細いような、気がした。
「アリエルちゃん、綺麗〜! よく似合っとるよー」
ぱたぱたと駆け寄り子犬のようにアリエルの周りを回る、向日葵のような少女へと、微笑みかける。
「リルも、とても似合っている」
抑揚のない声で、素っ気ないほどの、返答。
それでも、柔らいだ目元がその言葉は本心からのものであると、伝えている。
仲間たちと館を出ようとすると、幾分年配のメイドがアリエルを呼び止めた。
白いだけでは寂しいと、アクセントが欲しいと、胸に赤い薔薇を挿した。
ふいにざわざわと、胸が騒ぎ出す。
……赤い。赤い薔薇。
領主の館の厨房で、顔馴染みとなったコック長といくつかのレシピを交換しているときに、数人の若いコックたちにダンスに誘われていた。
ダンスの輪に近付くと、アリエルを彼らが待っていた。
順番に手を取り、輪の中で踊る。
くるくる、くるり。
ひとりひとりの顔は、よく見ていなかった。
胸の、赤い薔薇が気になって、仕方がない。
知らず噛み締めた唇が、薔薇と同じ色に染まってゆく。
目を閉じれば、瞼の裏にも、広がる薔薇。
忘れたい。忘れない。忘れられない。
誰と交わしたわけでもない。
秘めた誓いに、期限などなく。
ただ赤く胸を染めてゆくのかもしれないけれど。
けれど、差し伸べられた手の温かさは、いつか…。
瞼を開き、赤の呪縛を振り切って。
今宵は踊ろう。

promise Ra

人々がダンスの輪に飲まれて行っても、彼はひとり、リュートを弾き続けていた。
器用に弦を弾くその指先から流れ出す、魔法の旋律。
紡がれる歌は高く低く、柔らかく膨らみ、また密やかに囁くように。
軽快で自由、ときには優しく、そして抑えた激しさ。
煙るような銀色の瞳は、いつも遠くを見ているようで。
約束を交わしたことなど、あっただろうか?
さよならも、元気でも、また会おうも、記憶になかった。
あるいはかつてはあったが、留めていないだけかも知れない。
縛られるのは、何事でも、それがたとえ約束であったとしても、自分らしくない気がする。
行き先も知らず、決めず、物心ついたときから、水のようにさらさらと流れて。
流れて……?
「ファル…、……ルねーちゃん?」
かつて留まっていたかも知れない、場所。
遠い日々、遠い街。
もっと、もっと遠くに浮かぶ、微かな面影。
それは刹那、伸ばしかけた指の先で弾けるように消え、まるで夢のように。
「ラウトさん? このクレープ、美味しいですよー」
「ウィンドさん、そればっかしやわ」
目の前には現。
今このときの、今だけのきらめき。
そして未来。
ラウトは、リュートを抱え、仲間について歩き出した。
約束は、いらない。
祭りの夜に捧げた先刻の歌は、どこに届いたのだろう。
「いつか、どこかで、きっと……」
それは確かな、予感だから。

promise P

「弾は3発。さあ、景気よくいっとくれ!」
射的の出店のオヤジが、白銀の髪の客にがなり立てる。
「ははっ、まかしとけ!」
バンダナを締め直し、オヤジから今にも壊れそうな古いパチンコを受け取ると彼は、棚に並んだ景品を睨んだ。
均等に並べられた、安っぽい人形や怪しげな模型、様々なイミテーション。
そのうちのひとつに狙いをさだめる。
ぱしゅっと軽い音を立てて撃ちだされた弾はどうやら獲物を打ち損じ、出店の薄い壁を叩いた。
「あれ、パール、あのウサギ狙ってるん? 当たったら痛そう、可哀想やわ」
「あはは、パールさん、外しましたねー」
「やかましいっ、得物が悪いんだってーの」
「あ、パールさん、そんな、お店の方の前でっ」
後ろで見守る仲間に野次られ、パールは黒髪の青年に当てる気満々の蹴りを繰り出してみせる。
「こらこら。まだチャームにかかっているか。ん、土産にでもするのだろうか?」
言葉ではたしなめながらも、漆黒の髪の娘の頬はふっくらとほころんでいる。
きちんとした約束を交わしてきたわけではない。
仕事の度に繰り返される、『おかえり』と『ただいま』。
それが、あるいは約束か。
二発目。
発射された弾は大きく的を逸れ、ウサギからふたつ離れた妙にリアルなリザードマン人形をぱたりと落とした。
「もうあとがないんじゃん? お手並みはいけーん」
オヤジから受け取ったトカゲ男を、ボリュームたっぷりのクレープと格闘していた金の髪の少年に投げつける。
「おうよ、まあとくとご覧じろだ。ヒーローは最後に決めるのがお約束ってね」
最後の一発。
ひゅんと風を切る。
「……うおっ、兄ちゃん、お見事っ! ほら、持ってきなっ」
手渡された小さなウサギのぬいぐるみを、仲間に掲げて見せた。
やんやと囃し立てる彼らと笑いさざめき手を打って、出店を離れ、雑踏へと踏み出す。
先刻までウィンドと踊っていた赤毛の娘が、小さな戦利品に目を留めた。
「いいなあ、それ。可愛い」
手の中のウサギをパールは見、それから笑って、赤毛の少女に投げ渡す。
「え。いいの? 貰っちゃって」
「いいって。あげるよ」
ひらひらと手を振り、再び歩き出すと、夜の風が気持ちよく頬を撫でた。
別に、いいんだ。
彼の手の中に、もうそれはしっかりと握られていたのだから。
両手いっぱいの……。
そしてその先に広がる、遙かな海。

promise endless

オランの街の一角。
仕事から戻った一行が、ハザード河から太陽丘を少し昇った、その店の戸を開いた。
「おかえりなさいですよ」
「あら、おかえりなさいませ。ご無事でなによりにございますわ」
「や、帰ってきたネ。お疲れ」
「やあ。おかえり」
「おっ、おつかれさーん」
「あ、おかえんなさいっ」
「よ、おつかれー」

────日常へと。

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