- 少年と英雄(あこがれ) -
―――ある日の夕方のことだった。
その少年はとても困っていた。

 何でこうなってるのか……多分、昨日みんなで遊んでいた時にベームが自慢たっぷりに言ってた話が原因だ。
 なんでも、一昨日に父親と一緒に街の外れの森を探検したらしい。
 その時に拾ったのだと言って、とても綺麗な小さな石を見せびらかしていた。
 それが羨ましかったからかもしれないし、ティラが私も欲しいって横で言ってたからかもしれない。
 とにかくオレも森に行こうと思ったのだ。
 あいつは他にもいっぱい転がっていたって言ってた。
 森にさえ行けばあの石は拾えるはずだ。
 そしてあいつのよりもっと大きくて綺麗な石を持って帰って、ティラに格好よく渡すんだ。
 そう思ったら夜はドキドキしてなかなか眠れなくて、起きたらお昼前で母ちゃんに怒られてしまった。
 怒られて真っ先に思ったのは、寝坊したから探検する時間が減ってしまったということだったので、すぐに着替えて遅めの朝ご飯を食べ終わったら、森へと走りだした。

 この森に入るのが、大変なことだなんてちっとも思ってなかった。
 街からほんの少しだけ遠いといっても、道もきれいに作ってるあるから街の人たちがちょっとしたピクニック気分で出かけることも多いって聞いてる。
 オレも家族と一緒に遊びに行ったことは何度もあるし。特に夏になったら森の奥にある泉まで連れて行ってもらえるのは毎年楽しみにしているんだ。
 それに弱虫のはずのベームが森の探検話(父親に連れて行ってもらったっていうのがあいつらしい)を自慢たっぷりにしていたのだ。
 だからオレにできないはずはない……そう思っていた。

 最初はなんの問題もなかった。
 入り口近くで拾った太い木の枝は伝説の剣の様に頼もしく、振り回してみるだけで何でもできるように思えた。
 この森は魔王が作ったお城、ベームが見たと言ってた綺麗な石は囚われのお姫様でオレはそれを助けに行く勇者、その石を欲しがっていたティラは女王様で、お姫様を連れ帰れば他の男の子よりも強くてかっこよくて頼りになると思ってもらえるはず……頭の中ではそんな物語も出来あがっていた。

 しばらく歩いていくと木が段々と増えてきて、お昼を少し過ぎたくらいの時間なのに少しずつ薄暗くなってくる。
 ……もしかしたらだけど、いつもこの道を通る休みの日と違って、他に誰もこの道を通っていないということもよけいに寂しく思っていたのかもしれない。
 そうなってくると周りに注意しながらゆっくりと歩くのも仕方が無いはずだ(周りの様子を怖がっていただけということは絶対にない!)。
 そんなときだった。
 すぐ後ろで、いきなりガサガサ、バサバサというような音が一斉に響いた。
 今、思い出すと、多分鳥か何かが茂みから飛び出しただけだったのだと思う。けど、その時は頭の中が真っ白になって走り出してしまっていた。
 ベームが横道に入ったら後はまっすぐと言ってたのは覚えていたので、目の前に横道が見えた時には夢中でそっちに向かい、必死になって走った。
 しばらくの間、走って走って走った。「走る」ということ以外何も考えられないくらいに。
 休みなしに動いていたその足が急に止まった……木の根っこに躓いて地面に転んだからだ。
「ってぇ……」
 呟きながら、体を起こそうとすると手や膝が痛い。よく見てみるとうっすらと血がにじんで赤くなっている。
 気がつくとそこは既に細道でもなんでもなかった。周りが木に囲まれて、まさに森の中というのにピッタリな場所だった。
 多分、ベームが言ってた場所とは違う。後ろを見ても木がたくさん見えるだけでどうやってここまで来たかなんてことはまったくわからない。
 ……そこまで考えて道に迷ったということにやっと気がついた。

 泣くのをどうにか堪え歩きながら、ベームの話を思い出す。
 ……たしか最初はこっちの方に行ってたはずだから。
 本当はどこに向かえばいいかなんてわからない。ある程度の見当をつけて歩いているだけだ。
 ずっと握り締めていた枝も走り出したときに投げ捨ててしまって、今はもうない。
 さっきの擦り傷はジンジンと痛んで、余計に嫌な気分にさせられる。
「えっと……きっと、あっちから来たはずだから……」
 思い出していただけなのに、自然に声が出ていた。慌てて口を押さえ、言葉を飲み込んでゆっくりと辺りを見回し、何も変わってないのを確認して、ようやく一息つく。
「そうだよな。どーぶつは人の声を怖がるってじーちゃんが言ってたし」
 精一杯強がって出した声は完全に震えていた。声が先ほどよりも大きめだったのは自分自身にそう信じさせたいからなのかもしれない。
 けど、本当はそうやって自分を誤魔化していないと、もう泣き出してしまいそうだった。
 こんな街の近くまで危険な動物は出ることはないはずとわかってはいるけども、「もしかしたら」という考えがどうやっても頭から消えてくれないのだ。
 最近、街の近くで冒険者が危険な魔獣を捕まえたと言う話を近所の兄ちゃんが自分がやったかのように何度も話してくれたのを思い出す。
 話を聞く度に自分が魔獣を格好よく捕まえる姿を想像して楽しんでいたんだけど、繰り返し聞いたせいですぐそばに息を潜めて自分を狙っている魔獣がしっかりと想像できてしまう。

 木の葉や茂みから音が聞こえるたびに頭を抱えて蹲り、しばらく経ってなんともないことを確認すると立ち上がっておどおどと歩き出し、また音がすると蹲る。
 さっきからずっとそれの繰り返しだ。

 元々薄暗かった景色が更に暗くなっていく。迷ってからかなり時間が経ったのだと思う。
 このまま家に帰れないんじゃないか? そんな嫌な想像を必死に追い払いながら近くの木に手をついた。
「あれ?」
 手に違和感を感じ、思わず声が出てしまった。好奇心に負けて手をどかして、よく見てみる。
「これ……傷跡か?」
 木の表面にあったものは確かに傷痕だった。それも自然についたようなものではない何か硬いもので無理矢理削ったような痕だった。
 矢が木をかすったり、獣が爪とかを横に振るえばこんな傷ができるんじゃないだろうか。
 そんな嫌な想像をしたせいか、頭の中が一瞬、真っ白になってしまった。
 辺りを恐々と見回すと、同じような傷が周りの木々につけられている。
 ―――自分の顔が真っ青になったのがわかった。
 もしかしてとても危険な場所に迷い込んでしまったのではないだろうか? 例えば、木に爪痕を残すくらいの力を持った獣の縄張りとか……。
 もう足に力が入らなかった。へたりとその場に腰を落としてしまう。
 手も同じだった。倒れこまないように体を支えるために地面につくのが精一杯だった
 喉が渇く。口の中に唾が溜まってくるので、それを必死に飲み込むけど喉がカラカラなのが変わらない。何かを喋ろうとしても言葉にならなくて、震えたように歯がカチカチとあたる音だけしか出てこない。
 ただ、耳だけはさっきよりも良く聞こえるようになって、周りの色んな音を聞かせてくれる。
 ……それでも、傷痕から目を離すことはどうしてもできなかった。

 どのくらいそうしていたのかはわからなかった。
 一つの音が聞こえた。……自分の後ろからカサリと草を踏みしめた音が。
 その瞬間、体がビクリと震えた。
 今まで耳にするたびに怖がっていた音とはまったく違う音だと思った。
 本当ならすぐにでもその場を走って逃げた方がいいのだと思う。
 でも、体はさっきよりも言うことを聞かなくなってしまって、ただ前を見て震えるだけだった。
 もしかしたら首ぐらいは動くかもしれない……けど怖くて振り向けない。
カサリ……ガサ、……カサリ……。
 そんなことを考えてる間に、最初は少し遠くから聞こえてきていた音も段々とこっちへと近づいてくる。そして―――、
「――――――っ!」
 自分でも何を叫んだのかはわからなかった。ただその場にうずくまり、頭を抱えて叫び続けていた。
 頭に浮かぶのは、絵本で見た熊のような大きな獣がオレなんて一口で飲み込まれそうなくらいに口を大きく開いて、覆いかぶさってくる姿。
 その恐さを打ち消すかのように叫んでいた。

 どのくらいそうやっていたのだろうか。
 どれだけ経っても何も起きない。
 ……もしかしてさっきまで想像していたのとは何か違ってるんじゃないかな?
 恐る恐る顔だけを後ろに向けてみると……そこには、
「さっきから一人で何やってんだ?」
 少し呆れたような声で尋ねる男の子がいた。

「で、ひっく、怪物でも出てきたのかって思って、っく」
「脅かしちまったのか。そいつは悪かったな」
 膝の傷の手当てをしてくれながら、そいつは笑って謝った。
 オレは手当てを続けてもらいながら何でこの森に来たかを最初から話していた。
 そいつは最初に、布を取り出して顔を拭くようにって言った。
 涙や泥でぼろぼろになった顔を大人しく拭きながらそいつをよく見てみる。
 そいつはオレより大きくて……なんだか大人ぶったヤツだった。そう思ったのは、こんな場所なのにオレと違って平気な顔してたからかもしれない。
 歳は一緒かちょっと上……隣の兄ちゃんと同じくらいの背なんで12歳くらいだろう。
「ほら、次は右手な」
 言われるままに手を前に出す。膝と同じように水袋の水で傷口を簡単に洗うと慣れた手つきで布を巻いていく。
 いつもならこんなかっこ悪い姿を見られたら強がって突っかかっていくはずなのに、初めて会ったそいつの言うことを大人しく聞いていた。
 ……もしかしたらオレ、そんなになるほど怖かったんだろうか。
「ありがと、兄ちゃんは何でこんなところに?」
 そんな考えを誤魔化すように早口で礼と質問を返す。
「俺はちょっと訓練にな。ここまで来ると人はほとんどいねえから外れてもそんなに危険はないしな」
 そう言って後ろから弓を取り出すのを見て、さっきまで怖がってた傷痕はこいつの矢の痕なんだと納得できた。
 納得できたのと一緒に、こいつがこんなに落ち着いてるのはきっと近くの猟師の息子で、こういうとこに来るのは慣れてるからなんだと思った。
 それでも、何歳年上かはわからないけど同じ子供でこうやって落ち着いているやつがいるっていうのがちょっと悔しかった。

 傷の手当はすぐに終わった。
 そいつは立ち上がって大きく背伸びをすると、座ったままのオレに手を差し伸べて、
「じゃあ、行こうか」
 なんて言った。
「街まで、送って行ってくれる……のか?」
 なんとなく恥ずかしくて顔を伏せたまま訊ねる。
「あぁ、一人じゃ帰れないだろ?」
 素直に頷く。そいつはオレの頭に手を載せて
「じゃあちょっと急ぐか。今からなら寄り道しても日が暮れる前に帰れるだろうしな」
「寄り道?」
 反射的に聞き返してしまう。こいつはここに訓練に来たって言ってた。それ以外になにかすることがあるっていうんだろうか?
「あぁ、寄り道だ」
 けどそいつはオレの顔を覗き込んで……笑うだけだった。


「ここまで来ればもう大丈夫だよな?」
 両手を握ったまま頷く。右手はそいつの手を強く、左手は手の中のものを落っことしたりしないようにしっかり握ったまま。
 ここはさっきまでの森じゃない。
 街に帰ってきて大通りの方へとしばらく歩いた場所、空はそいつが言った時間からちょっとだけ遅れて少し前に日が沈んで紫色。
「じゃあ、あとは母ちゃんに怒られないように早く帰れよ」
 また頷く。……というかもう言葉が出て来なかった。

 あの後、こいつはオレを連れてあっという間に元の道へと戻った。そして街の方へと戻ろうとするオレを、
「そっちじゃねぇだろ」
 なんて言って森の奥へと引っ張っていった。
 何で森の奥に行くのか聞きたかったけどそれがどうしようもないようなことだったら怖いし、一人で戻るのも怖いから手を握ったままついて行く。
 すぐに横道に入って二人でしばらく歩くと、目の前に大きな壁が見えて来た。
「よっし、到着っと」
 そのまま歩いていくと少し開けた場所に出た。さっきから見えていた壁が目の前に現れたので思わず見上げてしまう。
 上は崖になっていてここはその真下、要するに、あの壁は崖だったんだとわかった。
「上じゃねぇって、こっちだって」
 そいつの声で視線を下に向けた。崖の上からごつごつとした岩が見える土、そして草が所々に伸びてる下の方へ……
「うわっ」
 思わず声が出た。そこにあったのは石だった。昨日ベームに見せてもらったのと同じような石が地面や壁にたくさん埋もれてた。
「ほら、好きなの持っていけよ」
 振り返ってそいつの顔を見つめる。
「さっきお前から話を聞いただろ? で、ここのことじゃないかと思ったんだけど違ったか?」
 首をぶんぶんと横に振る。それを見てそいつは楽しそうに笑う。
「よし、じゃあ一番かっこいいやつを見つけねぇとな」
 大きく頷いて壁へ走って行き、右から左へ、左から右へと行ったり来たりしながら一番かっこいいと思えるやつを選んで掘り出した……のだと思う。実は興奮してあまり覚えていないんだ。
 とにかく一つだけ石を選んで掘り出したら、来たときと同じようにそいつの手を掴んで一緒にここまで帰ってきたんだ。
 今、オレが左手に持ってるのはそのときに拾ってきた石だ。

 街まで帰ってくる間、オレはほとんど喋らなかった。
 最初の方は色々と話していたんだ……けど、オレの話ばかり。
 で、一つだけそいつに聞いてみた。
「なぁ、兄ちゃんって何者なんだ?」
 さっきまでは猟師の息子だと思っていた。でもそれだけじゃない気がする。なんというか一緒にいて安心できるんだ。
 御伽噺の英雄というのはこいつみたいなやつなんじゃないかと思ったくらいに。
「うん……まぁ、冒険者って言われているんだけどな」
「……そうなんだ」
 ちょっと悲しそうにそいつは答えてくれた。
 冒険者っていうのはよく知ってる。
 街で何度も見たことがあるけど母ちゃんや他の大人は、「危ないから近付くな」とか「関わり合いになるな」とかオレ達によく言っていた。
 そいつも自分たちが、他の大人になんて言われているのか知っていたのかもしれない。だからオレが黙り込んだのがわかったのだろう。
 そこからはお互いにほとんど喋らずに歩き続けてきたんだ。

「じゃあな、……怪我、ちゃんと母ちゃんに見てもらえよ」
 そう言ってオレの頭を軽く叩いて、そいつは歩いていった。
 他の人はもう家に帰っているんだろう。この道を歩いているのはそいつだけだった。
 背中が段々遠ざかっていく。さっきまで繋いでいた右手、しっかり掴んでいたからちょっと暖かかった右手が少しずつ冷えていく。
 このまま、こいつとは二度と会えないんじゃないだろうか?
「兄ちゃん!」
 そう思ったときには、思わず叫んでそいつの足を止めていた。こっちを振り向くそいつに向かってオレはもう一回大きく叫ぶ。
「兄ちゃん、名前! 名前はなんて言うんだ!」
 いきなりそんなこと聞かれて、一瞬だけだけどそいつは驚いたように見えた。いつも余裕たっぷりにオレを見てた顔が驚いたのはちょっと嬉しかった。
 けど、そいつはすぐに嬉しそうにこっちに叫び返してきた。
「ガザイン・アーチェストだ! よろしくな!」
 そいつ―――いや、ガザインに向かって一番言いたかった一言を叫んだ。
「ガザイン兄ちゃん、今日はありがとな! オレも大きくなったら兄ちゃんみたいになる!」
 それだけ言うとオレは家へと向かって走り出す。
 流石にあんなこと言ってずっと残っているのはかっこ悪いし恥ずかしい。
 最後に見えたガザインの顔は信じられないものを見たような……さっき以上に驚いた顔だった。
 たしかにあいつ、ガザインは母ちゃんが言ってるような冒険者ってやつなのかもしれない。
 でも他のやつらみたいに悪く言われるヤツじゃないと思う。
―――だって、あんなにかっこよかったんだから。

 こんなに遅く帰ったら母ちゃんに怒られるだろう。
 けど、あいつみたいなかっこいいやつになるための第一歩なんだ。泣いたりなんかしないぞ。
 心の中でティラには謝っておく。
 (ごめんな……この石は上げようと思っていたけど、オレの宝物だから駄目だ。)
 今日の冒険をみんなに教えてやりたい、この石を自慢してやりたい……でもこれはみんなに話したりしないんだ。
 だってこれはオレとガザインだけの秘密の冒険なんだから。


―――ただ真っ直ぐに自分の家を目指して駆け出して行った少年にはわからなかっただろう。
 そこに残されたもう一人の少年がどんな顔をしていたか。
 最初は驚きだった。
 そしてその驚きは少しずつ別のものに変わっていった。
 ……笑いへと。
 喜びを隠し切れない心の底からの笑いへと変わっていったのを知ることはないだろう。

―――少年は知らなかっただろう。
 自分と同じように冒険者に救われ、冒険者を目指した少年がいたことを。
 そして今、その少年がどんな気持ちなのかを。

―――少年は今は知ることはないだろう、しかし、いつかは知ることになるかもしれない。”彼”と同じように。
 ”彼”がどれだけの間、少年が去った方向を見つめていたかを。
 そして―――
 ”彼”がどんな気持ちでその場を去ったかを。
 まずは、このような拙い文章をお読みくださった方に深々と頭を下げてお礼を申し上げさせて頂きます。

 内容については……オチを期待した方、期待を裏切って申し訳ありません(笑)
 いつもネタにしてばかりでは悪いので、こんなものを作らせてもらいました。
 きっと普段の彼はこんな風にかっこいいはずなんです!
 私の文章力ではその数%も引き出せていないはずなんです!
 そういうことにしてください!
 
 ともあれ、最後まで読んで頂き本当にありがとうございました。
 少しでも楽しんでもらえれば、これ以上の幸いはないと思わせて頂きます。
 感想や問題点や「G氏の魅力が全然引き出せておらぬわっ!」などのお叱りなど有りましたら是非お知らせください。以後、精進します。

 …………ところで、どうしてもオチが欲しいという方もいらっしゃると思うので、こういうものを用意してみました。
http://www.mint.ais.ne.jp/~meisoh/kaeruya/tmp/gf.html
 こちらに事後承諾ながら出演許可を下さった方々と掲載してくださった管理人様に厚くお礼を申し上げさせて頂きます。
2006.12.11/ベインPL

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