狙ったかのようなこの物語の舞台が用意されたのは、本当に、偶然に過ぎなかった。 オランの外へ出る依頼が二つ、それも拘束期間が等しく且つ同方向という偶然。 自然と冒険仲間達は、互いに順調に依頼が終われば、帰路をちょっとした遠出気分で 楽しもうと言い出し… 幸運にも滞りなく二つの依頼は終わり、二つの冒険屋集団は合流できた。 そして。 そして…─ 「じゃ、お先ー」 「悪いわね」 口々に告げ、やや離れた地点にある泉へ水浴びに向かった女性陣を見送ってから 四半刻の間を置いて。 ザッ…! キャンプで瞑想を行っていたエルフは立ち上がる。名をシーグリーンといった。 「永い…旅に出ます」 決意を双眸に称え、シーグリーンは居残りとなった男達に別れを伝えた。 「待てよ、シーグ」 銀のダガーを弄んでいたラスという盗賊が、その背に声をかける。 か細いが、しかし勇猛なる男の背へと。 「止めても無駄ですよラス。私を突き動かすのは…理屈では、ないのです」 スケベ根性という言葉をその場の全員が思い浮かべたが、それを口に出す愚者はいなかった。 びりびりと空気が震えるような気迫を受けながらも、ラスは笑んで、告げる。 「そうじゃねぇよ、シーグ。危地へお前一人を往かせられねぇってんだよ。盗賊も、必要だろ?」 心強い笑顔で告げるのだった。そして立ち上がる。 「それに古代語魔法も、どこで役立つかわかりませんしね」 小男の魔術師・リチャードも立ち上がる。男性陣の中でも人間では一番の年長者だ。 この手の経験と戦略には一日の長があるだろう。こうして勇者二人に智将が加わった。 「この戦い、見届けねばならないようだ」 ドワーフのヴロンも続いた。戦の神の神官でもある。 傍にいるだけで精神の昂ぶりを感じられるだろう。退けぬ戦いに何と相応しい同伴者か。 「もし〜、そういうのはやめた方がよろしいのでは〜?」 大地母神の神官デイヴィスが四人と泉との間に入った。 「なぁ、デイヴィス。向こうにはティスがいる。アルマリアがいる。エルツィールもいる。 フレアもいる。ルカもいる…それでも、俺達を止めるのか?」 ラスの説得に大地母神の使いはしばしの間、沈黙した。 時間にして、刹那はあるだろうか。 「仕方ありませんな。これもまた、マーファの教え」 穏やかな瞳に、鋭い何かが走ったように見えた。一行は後衛を務める癒し手を得る。 「うーん、一人で残るのも危険か…。仕方ない、力を貸しましょう」 最後に。学者のエスパールが加わる。 仲間達のみが知るその正体は、三種の魔法使い。断る理由は無かった。 「行きましょう、私達の目的地へ」 改めてシーグリーンが皆に伝え、とうとう誰もがどことは言わず、 彼らはしかし女性陣の行き先へとまっすぐに爪先を向けたのだった。 「あらルカ。前髪のところに泥がついてるわよ」 「えっ? あー、さっきの、ですねー」 泉に向かう途中に沼があり、迂回した際に転んだのであった。 前衛もやらねばならず、重い鎧を着ている以上、よくある仕方のない事だ。 「足場が悪かったものね」 「後で交代の時に教えてあげないといけませんね」 笑って水で泥を払ったルカは、同じく迂回に難儀していたエルツィールにも泥が残ってないか 確認に向かった。 「ふふ、転ばないようにね」 翻る様々な肌色と水とが溶け合う芸術が、そこにはあったとか、ないとか。 「…ッ! 沼、ですか」 シーグリーンが歯軋りの後、唸った。 広がる大きな沼。飛び越えるにはどうしても遠く、深さはあまりに絶望的で、 迂回するには時間がかかり過ぎる。泳ぐことさえもどかしい。一刻を争うというのに…! 「…仕方ねぇ、泳ぐか。鎧を脱ごう、デイヴィスお前から頼む。 いざとなれば体の大きいお前さんに捕まれそうだしよ」 その、ラスの先頭の人選に、デイヴィスを除いた全員が…言葉の裏を汲み取った。 仲間の手伝いもあって手早く鎧を脱げたデイヴィスが、颯爽と泉へと入る。 「どおおおおおおりゃああああああああああああ」 中間の距離まで、動きの取り難い沼という悪条件で、 実に素晴らしい頑張りを見せて到達するデイヴィス。 だが、彼は遅きに失したが、ようやく気付いた。背後からのその足音が意味する事実に。 ダン! 広く大きく弾力あるその背に、助走したラスの着地音が響く。勢いを殺さぬまま盗賊は対岸へ。 「許せ。だが友よ、君がこれ以上の歩みを選べば、きっとその神官の地位が失われる。 それだけは見るに耐えなかった。ここならまだ引き返せる。 どうか、君だけでも生き残ってくれ! さらば得がたき友よ!!」 岸へ飛び移られる寸前から、そんな風などこか白々しい心の声を次々と聞いた気がしたが。 全員がラスの引いたロープによって、かなりの速度で沼を攻略できたその頃には、 続けざまにあまりに無残に踏み台にされたデイヴィスの意識はなかった。 ただ、それでも対岸へ泳ぎ着いたその根性は脅威といえただろう。 我が身を犠牲に、進軍へ多大な貢献をした神官に、全員がマーファの聖印を切って礼を尽くす。 見ていてくれ、デイヴィス…! ぼくたちガンバるよ! どこか落ち着かない様子のエルツィールにアルマリアが声をかける。 「どうなさいました? 気分が優れないのですか?」 「いえ、この辺りに虎が出没するという話をお聞きしまして…。 虎は猫科の猛獣ですが、話にあるそれは通常より二回りほど大きく、 すでに何人もの方が犠牲になられたとのことなのですが」 「それは、怖いですね。でも、ここには戦士も傷を治せる方もいますから。 きっと大丈夫ですよ? それよりせっかくなのだから楽しみましょう。ほらっ」 ぱしゃっとアルマリアにかけられた水鉄砲に、エルツィールはきょとんとしたが、 やがて応戦し始めた。 穏やかで、しかし時にうねるしなやかな曲線が水上を踊る。 空の中心で輝く太陽が、その魅力に負けじと木陰の隙間から泉を彩っていた。 「何だ、今の猫は…急いでるってのによ」 うざったそうに、ラスは後方をちらりと見た。 「いや、二回りくらい大きいですが虎かと。 何だか人の味を憶えているかのような反応でしたが…」 エスパールが冷静に分析。 「なぁに、猫よ。なぁリチャード」 ヴロンはこともなげに言い切った。 「ええ。最初にその猫へ蹴り飛ばされたシーグリーンさんに気を取られるなど猫そのものですね」 リチャードが冷酷に反芻。 群れの同族を敵に放るという自然界にあらざる行為で虎の隙を作った 彼らは、瞬殺された虎と尊い犠牲となったエルフをそのままに、迷い無く先に進む。 やがて、とうとう女性陣のはしゃぐ声が段々とはっきり聞こえてくる。 遠慮が混じってはいたが、普段はまず耳に入らないフレアとエルツィールのものもあった。 もはや桃源郷は目の前だ。艱難辛苦を乗り越えてきた猛者たちの眼に 少年のような輝きが混じり始める。 世界ヨありがとう。ぼくらは何かもう、あと少しです。 しかし。 「…ここですね」 「どうしました、リチャードさん?」 いつの間にか、リチャードは先頭に立つ。それは、つい功を焦っての勇み足ではなかった。 「ふふふ。ここでバレればどれほどの恐怖! ここで攻撃呪文の一つでも向こうに落とせば、 かつてなき最高の恐怖が! 我々をっ俺を襲う! これぞまさに恐・悦・至・極! この瞬間を 待っ て い た !!」 性的嗜好を恥じ入ることなく、己が信念により道を違えたリチャードは宣言する。 だが、その台詞は四分の一さえ発音されなかった。 沈黙という精霊魔法によって。 直後に腹部へ当て身という暴力的解決で。 「ふむ、危ないところでしたね」 「油断も隙も無いな」 迅速な魔法詠唱を終えたエスパールと俊敏な動きを見せたヴロンが健闘を称え合いながら、 ゴミクズに対するそれのような目でリチャードを見下ろす。 「いや、お前ら、仕事の時にもそれぐらいのスピードでやれよ…」 咄嗟のことで一歩及ばなかったラスが裏切り者の意識不明を二度確認してからツッコんだ。 そして。 そして三人は、大掛かりなカモフラージュの茂みに隠されたその声の発生源へ、 一切の無音を心がけつつ忍び込んでいった…。 最初に勇者達の接近に気付いたのはエルツィールだ。 声を潜め、このメンバーの中で野外戦に最も長けたティスへと相談した。 「あー…予想通り過ぎて泣けてくる」 ティスからため息がもれ、飽きもせず水遊びに興じていた他の仲間も、事態を悟った。 が。気にせず、それぞれの遊びを続ける。 約二百メートルも先の、視界の限られた茂みの中で、 オトリの“ウィンド・ボイス”によってノコノコと進軍した男どもが、 仕掛けられた罠でがんじがらめになっている事など もちろん、微塵も気にせずに。 むしろ喜びそうなリチャードだけを除いた全員への、 一通りの筆舌に尽くしがたい制裁が終わって。 残りの帰路を一睡も許されずに、見張り・食事当番・操車・宿の手配などの雑用を 余すことなく押し付けられた男達だったが。 罰を受けた者同士の親近感からか、今回の騒動で以前に増して仲が良くなったという。 めでたし、めでたし。 なお。 人喰い虎にまたがり、強いられた何日ものサバイバルを乗り越えた とある置いてけぼりエルフの伝説は、またの機会に語られることだろう。 …多分。 了 |
| 2005.11.28 Esppa PL |