- "kaeruya" color's daily life -
〜 蛙屋色の日常風景 〜


蛙屋4周年お祝い品




 8月も半ばという夏真っ盛りのある日。
 ウェズン家の居間ではアリアが羊皮紙を前にして、なにやら楽しげにペンを走らせていた。口元には笑みが掃かれているが、時折考え込む様な仕草も見せる。右手の動きは不定期で、紙面が埋められていくスピードもゆっくりだった。

「アリア、お茶にしないか?」

 階段を下ってくる落ち着いた足音が耳に入る――と、アリアはバッ…とばかりに眼前の羊皮紙を己の胸元に引き寄せた。そうして両手を不自然な格好にした侭、くるりと振り返る。

「あ、うん、そうだねナリス。今日はさっき、杏仁風味のブラマンジェ作ったから、それで……」
「アリア」

 低い声音。
 ナリスは彼女の近くまで歩を進めて、ソファに座る相手を見下ろす。若干慌てた様子の妻に、小さく笑いを零しながら、

「最近、何か隠し事をしているようだけど?」

 と、訊いたものの、別に問い質すつもりはなかったりするナリスだ。
 アリアもそれが判っているからだろう。眼差しにいたずらっぽい光を宿して、

「ん? 別に――――」





 同時刻。
 ウィンドは記者室でスケッチブックを広げていた。木炭がシュ、シュ…と軽快な音を立てている。真白へ刻まれてゆく黒線は、何処かの風景の様にも、誰かの顔の様にも見て取れた。
 余程集中しているのだろう。視線が紙面から反れることはない。

「……怪しいだわねい」

 と。
 突然天井裏からにゅ…と顔を出すレシュ。
 何時の間に記者室にも天井裏回廊を繋げていたのか、とか何時から其処にとか、まぁ疑問はあるだろうが、ある意味『レシュだから』の一言で済んでしまうともいえる。
 流石にこれにはウィンドも気付いた。慌てて視線を天井に向けて、

「って、うわ、…、…レシュ!?」

 一瞬、いつもの様に「さん」付けをしそうになったものの――なんとか踏み止まる。
 そんな呼び方に満足げな笑みをひとつ浮かべつつも、追求の手を緩めないレシュだ。

「にょほほ、さーウィンド、素直に吐いた方が楽になるだわよ」
「い、いえ、別に――――」





     『何でも――「無いよ」「ありませんよっ」』



  ◇  ◇  ◇


 『あごのはずれた蛙亭』――通称、蛙屋。
 オランの冒険者たちが集う、「一見」普通の宿である。
 その実態は……まぁ、少しばかり聞き込みでもして噂を片手か両手分、集めてみればいい。夏のホラーも真っ青な不思議ネタ、個性的過ぎる常連冒険者の面々、等――話のネタになりそうなものが次々と転がっていることが判るだろう。
 色々な意味で人々に噂されている、話題に事欠かない宿だった。

 さて。
 その蛙屋の卓のひとつ――通称B卓では、既にお馴染みとなった光景が飽きもせずに繰り返されていた。

「ストーカー反対っ!」

 ぐい、と注文した酒を呷って叫ぶティス。
 青い髪をポニーテールにした、勝気そうな娘である。今、その黒眼は剣呑に細められていた。

「とんでもない、俺はただずっとティスさんの側に居ただけですよ」

 平然と応じるリチャード。
 こちらは茶髪オールバックの青年だ。ふざけているのだか真面目なのだか判らない表情を浮かべている。

「それがストーカーだっ! ・・・あんたの頭には辞書も無いのか」

 酒!、と更にぐいぐい飲み干しつつティス。
 杯が空になるスピードが早い。後から悪酔いしないか心配な程である。

「心外ですねぇ、高性能の辞書がきちんと搭載されておりますよ。『おねーさん』とか『奴隷』とか『鞭』とか…」
「・・・。読み上げなくて結構です」

 半眼を送りながら冷めた声でピシャリと遮る。
 が、その眼差しこそをリチャードが喜んでしまう為――正直、思いっきり悪循環だった。
 …ティスの不機嫌オーラが場を満たし、あわや一触即発かと思われたところに、

「お2人とも、相変わらずですね」

 御馴染みのメイド服に身を包んだエリシエルが、銀製の丸型トレイ片手に登場した。
 表情は給仕らしく落ち着いたもので、歩く足取りも様になっている。一応これでもれっきとした冒険者のはずなのだが……何時の間にやらすっかり定着してしまった光景だった、これも。

「ティス様もリチャード様も、何か飲まれますか?」
「――白ワインっ!」

 半ばヤケクソ混じりな声で酒を注文するティス。

「あ、では俺もティスさんと同じので。…ああ、一緒の酒を味わえるなんて……」

 なにやら1人悦りながらリチャード。
 こういう思考回路はある意味お得かもしれない……が、ソレを向けられる人間としては堪ったものではない。
 実際ティスも彼の様子を見て、慌てて叫ぶ。

「・・・っ! やっぱ別の!」
「――申し訳ありません、既に運んでしまいました」

 メイドスマイルを浮かべているエリシエルの其の手には、何時の間にやら白ワインの瓶とグラスが2つ、運ばれていた。
 行動が早い。そうして問答無用で注文の品を卓の上に置いて、

「では、ごゆっくりお楽しみくださいませ♪」

 さくっと立ち去る。何をしにきたのだか…。
 ――――ある意味、エリシエル本人が一番楽しそうだった。

「・・・あんたねぇっ!」

 卓にはティスの怒声が響き渡ったとか何とか。


  ◇  ◇  ◇


 卓の喧騒とは打って変わって、静かな時間が流れている此処は書庫。
 冒険者たちの輝かしい…であろう活躍の数々を収めた写本やら、蛙屋歴代イベントの記録やらを筆頭としながらも、ごく一般的な書物の類も多数収められている場所である。冒険者の店にしては品揃えが豊富なのは、書庫に足を踏み入れたことのある誰もが思ったことだろう。
 今、その書庫の内扉の前で、エルツィールがぴたりと足を止めていた。

「……今度はどなたが…」

 見れば夏らしく、スイカが丸ごと1個どんっ、と……何故か床に、置いてあった。
 思わず以前の『おやん?(・▽・)』な夏蜜柑の騒動を思い出すエルだ。
 ――その時もやはり、こんな風に蜜柑が置いてあった。それを自分がテーブルの上に供えたら、行方不明になったり、潰れていたり…。誰かが顔を描いたり誰かが台詞を書いたりと、とにかく不思議で面白い出来事が――初夏の頃にあったのである。

 運び主を探すように周りをきょろ、と見回すエル。だが誰も居ない。

「やはり、これも供えるべきでしょうか」

 頷き、エルツィールはずーりずーりと、入り口近くに机を寄せた。
 そうして、よいしょ…とばかりにスイカを乗せる。重かったので少しふらついたが、なんとか机の上に、緑色のまぁるい物体を鎮座させることが出来た。

「……ふぅ」

 出来栄えを見る。が、何か物足りない。
 エルはきょろ、と再び周りを見回した。相変わらず誰も通りかかる気配が無い。

「……やはり…書き添えないと、落ち着きが悪いですよね…」

 おもむろに懐からペンを取り出し、きゅ、きゅ、とスイカに顔を描いてみた。


  『おやん?(=▽=)』


「これでよろしいでしょうか…」

 描き終えて満足げに頷く。
 ――――と。

「やだなぁ、エルさんってばお茶目さんなんですから」

 にこやか笑顔のクオが、書庫の奥から顔を出して似非爽やかにのたまった。
 どうやら先程からずっと、エルツィールの一挙手一動を見ていたらしい。

「……何時からいらしたのかが気になるところですが。ともあれこんにちはです、クオ」
「そんな、詮索しちゃいけませんよう。ひっそりと萌えさせていただいておりますから、僕のことは気にしないでくださいな」

 のうのうと言い切る様子は、喰わせ者度満点である。

「ふふっ。それにしても『おやん?』だなんて、なんだか義兄さんみたいですね」

 含み笑いを浮かべるクオが連想しているのは、勿論、『おやん?』が口癖の冒険者…もとい占い師、イェーガーのことである。
 額に『おやん?』と書かれた顔付きスイカは単に見ているだけでも面白いが、口癖の当人を知っている者にとっては一層可笑しさが増すと言えた。

「お、何かあったんか? 入り口に集まっとるようやけど」
「…えぇ、少し。シャインもこんにちはです」

 本を片手に、へろへろと書庫への扉を開けたシャインドエグニスは、小さく目を瞬いて、佇む2人へ訊ねかけた。
 振り返ったエルツィールがぺこりと御辞儀をする――と、彼女の背後にでんっ、と置かれた『おやん?(=▽=)』なスイカが目に入る。

「な、なんやその奇妙なもんは…」
「実はイェーガーさんが悪い魔女に呪いを掛けられてこんな姿に、なーんて」

 あははは、とクオ。
 シャインも釣られて笑みを浮かながら、冗談っぽく言葉を紡いだ。

「ん、ほんまにそうやったら、きっとさぞかし甘くない味のスイカやろうな」

 ……ちなみに世間には、噂をすればなんとやらということわざがある。
 無論此処でも、それは例外では無いらしく。

「あん? なァに人の噂話してるってェのよ、おまえさんがた」

 美味しい場面は逃さないタイミング男ことイェーガーは、耳聡く会話を聞きつけて、ふらりと書庫に顔を出した。
 と、眼前の机の上には『おやん?(=▽=)』スイカが…。

「………。……おやん…」

 思わず、呟いてしまったイェーガー。

「はは、ほんまに一緒やな」

 吹き出しそうになるのを堪えながら、シャインは楽しげな声を上げた。


  ◇  ◇  ◇


 蛙屋の建物外の敷地にも、いくつか賑わいスポットが存在する。
 そのひとつが訓練場だ。
 流石に冒険者が集う宿だけあって、日頃から巻き藁相手に訓練を行う者が後を断たない。
 そして今日も……

「えい、えいっ!」

 愛用のバスタードソードで巻き藁を叩いて鍛錬に励んでいたのは、詩人兼戦士のエルウィンだった。

「ひらっ!・・・ふふふ、さすがに暖簾戦士」

 時折回避の練習も交えながら、今日もコンディションの調整に余念が無い。

「最後にもういっちょ! えいっ!」

 ……が。
 出目でいえば3な素振りに、思わず本人も「さっぱりですね〜」なんて笑っている。もしかするとここぞという時に弱いのかもしれなかった。
 エルウィンが巻き藁を片付けていると、

「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ」

 遠くから暑苦しい…いやいや、健康的な呼気が近づいてきた。
 訓練場を、街を、とにかく何時でも何処でもランニングする姿を目撃されている元おデブさん、デイヴィスの登場である。
 今ではすっかりスマートになって、その姿は何人もの人間から偽者呼ばわりされていた。一体いつリバウンドするのか――それは蛙屋冒険者の関心ごとの1つかもしれない。

「おぅ、エルウィン。この暑いのに精が出るな」
「いえ、訓練しないとなまってしまいますしね〜」
「確かにそうだな。俺もこの体型を維持するために日々ランニングだ」

 そんな健康的青年たちの側に、近づく陰気な人影がひとつ。

「……ほう。……若者は元気なことだ」

 淡白で捕えどころの無い雰囲気を持つ、この男の名前はデュー。蛙屋でもトップクラスの精霊使いである。――最も、仕事をすることは滅多に無いが。

「おや、珍しいですね〜。こんにちはです〜」
「なんだ、訓練しに来たのか?」
「…いや……外れだ。……しがない中年男は地味だ。健康的な若者の影となり、怠惰を貪ろうとな」

 怠惰と訓練場、という組み合わせもまた合わない気もするのだが。
 きっとデューなりの理論がある、のだろう。

「え、そんな。先達の技を拝見出来るかと楽しみにしていましたのに」

 穏やかにそう言いながら一同に近づいてきたのは、緑色の帽子が特徴的な青年だった。肩に己の使い魔たるネズミを乗せた侭、エスパールはデューへ軽く御辞儀をする。

「……別に…見て面白いものでもないと思うが。……物好きな」
「はは、魔法の行使の仕方は人それぞれ個性がありますし、勉強にもなりますからね。無理にとは言いませんし、ええっと、宜しかったらですけど」

 流石は勤勉と名高いエスパールらしい言である。

「…ガリ勉の冒険者か…そうか」

 なにやら妙な納得をするデュー。そして気紛れとばかりに、ふ…と片手を肩の高さまで挙げて伸ばし、

「…。……気が向いた…一度だけなら労働もしよう」

 彼の唇が土の精霊を召還する言葉を紡ぎ、そうして―――…


  ◇  ◇  ◇


「ウィチ知ってるです」

 てってしてってし。
 訓練場を出たところを、1人の少女が小走りに歩いていた。

「知ってるです。あれは1ゾロっていうです」

 柔らかな黒髪が風をはらんで緩く揺れる。
 表情の薄いその顔は、けれど不思議な愛嬌もある。
 彼女こそ蛙屋マスターの血を色濃く受け継いだと称される双子の片割れ、名をウィチタといった。

「あ、お庭にわすれものです。……いちぞろぞろぞろー」

 妙な節をつけて歌いながら、ウィチタは蛙屋の裏庭へと向かう。
 ちなみに此の裏庭、蛙屋7不思議のひとつと呼ばれる――様々な噂が飛び交う場所だ。
 曰く、煮野菜の木がある…。曰く、地下にマスターのらぶりぃ捕獲用地下室がある…。
 だが人間、幸か不幸か、大抵の物事には順応してしまうものである。
 ウィチタは噂などなんら気にすることなく、てってしと裏庭を横切ろうとした。

 ――と。

「あ、あ。れぷらこーん、なのです」

 不意に足が止まり、アサッテの方角を見上げるウィチタ。
 またいつもの様に、常人には見えぬ精霊を追っているのだろう、視線は宙に揺れて定まり無い。だがそんな様子がまた可愛いとも言えて。

「ウィチタちゃん…!」

 そして此処に、タイミング良くウィチタファンのエルフが1名居た。
 シーグリーンと呼ばれる、一応ナルシストだった筈の男である。今は半ば違う方向に足を踏み入れかけてるんじゃないか…と専らの評判だが、本人はなんら気にしてない様子。
 ともあれウィチタを目ざとく発見したシーグリーンは、表情を蕩けさせて彼女の側に近寄った。

「こんにちは。ウィチタちゃんは今日も、めっちゃめちゃ可愛いですねぇ。お暇でしたらどこか遊びに行きませんか?」

 早速ナンパである。マスターに見つかったら生命の危機ではなかろうか。
 声を掛けられ、ウィチタはアサッテからシーグリーンへと眼差しを移した。そのままぼーっとすること5秒。やっと口を開く。

「だめなのです。ウィチはわすれものを探しにきたのです」
「忘れ物、ですか? でしたら私もお手伝いしますよ。ウィチタちゃんの為ならなんでもやりますし」
「わすれものはウィグなのです。でもかくれんぼなのです。だからウィチが探さなきゃ駄目なのです」

 ウィチタは淡々と呟いて、シーグリーンの誘いをあっさり断る。
 ある意味将来有望かもしれなかった。


 ――――さて、一方こちらは裏庭の反対側。
 ウィチタとシーグリーンが会話をしている光景をじ…っと見つめる小柄な人影があった。
 双子のもう1人の片割れ、ウィグルである。
 実は彼とウィチタは裏庭でかくれんぼをして遊んでいる最中だったのだ。
 で、ウィチタが鬼となり自分が隠れる役になったものの――何時まで経っても見つけにこない。どうしたのかと思って隠れ場所から出てみれば……向こうでシーグリーンと会話をしている最中だった、という訳である。

「……ウィチタぁ…」

 2人の姿は見えるものの、喋っている内容までは判らない。
 自分は忘れられてしまったのかと思うと、なんとも寂しかった。だから……迷った挙句、彼女たちに近づこうとして――――

 転んだ。

「……うわーん、ウィチタっ」

 べそをかくウィグル。
 すると其処に、――なにやら怪しくも馬鹿っぽいエルフが登場した。

「ちみっこよ、泣くのは騒音であるため俺様の上質なライトニングをタマヤーと空に打ち上げられたくなければ泣き止むが良いッ!! ふむ、ちなみに上質は上質であるがファイアーボールではないので、それなりにお買い得であるぞ。ちみっこのお小遣いでも買えるくらいにリィズナブルッ!! 今ならもれなく其の金でルチの猫缶を購入するので、ルチが足元でニャアンとゴロゴロおねだりっぽく鳴いてくれる券をプレゼント!!…って、ルチ、はしたないことを俺様に言わせるでない!!!」

 カッ!!
 ……なにやら良く判らないが、1人で騒ぎ叫びまくっているのは当然の様にニユである。
 此処蛙屋の名物男――と言っても過言ではあるまい。

「…あ。うわああっ。すみませんでした!」

 反射的に思わず謝ってしまうウィグル。
 ……というか、誰だって怖かろう。

 そんな少年に救世主。
 同じくまだ少年…っぽい顔付きだが、一応そろそろ青年と呼んであげてもいい年齢には成長した、彼の名前はレイと言う。蛙屋の筆頭戦士であり、その実力には誰もが目を見張る程だった。なにせ素手でミノタウロスを倒せるというくらいの腕前なのだ。
 ――その素晴らしい威力を持つ素手チョップが、

「にょ」

 ていとばかりにニユの頭へ振り下ろされた。

「ほごげばぁああ!!?」

 叫ぶニユ。けれどレイは何事も無かったかのように、にこやか平然としている。
 ウィグルはただただ呆気に取られていた。

「全く。こんな小さい子のお小遣いをせびろうなんて、大人の風上にもおけませんね。少しは反省してくださいですにょ」

 そうして次にレイはウィグルの方へと向き直り、

「この人が言ってることは9割以上がホラですから、信じちゃ駄目ですよう?」

 ウィグル、ただこくこくと素直に頷くしかなかった。…尚、若干怯えてたかどうかは――深く詮索してはいけない部分である。


  ◇  ◇  ◇


「いやあ、色々なやり取りを見ることが出来ました」

 卓、書庫、訓練場、裏庭……と、次々回っては描いていったスケッチの束を確認するよう眺めるウィンド。その表情は、ほくほくと嬉しげだ。
 一通り確認をし終えた彼はひとつ頷いて、自室の隅に立て掛けてあった大きなキャンバスに手を伸ばした。

「どこまで描けるか分かりませんけど、やってみませんとね」

 力の篭った――けれど優しい蒼穹の眼差しが、これから挑む白地の世界に注がれていた。


  ◇  ◇  ◇


「・・・。やっと解放されたか・・・」

 げっそりとした表情、疲れた足取りで昼過ぎのオランの街を歩く、その男の名はライシノスと言う。盗賊ギルドで『仕事に生きる男』という有難くない称号を貰った人物だ。……別名、雑務担当の便利人、ともいうが。
 昨日の朝から今までギルドで缶詰中だったライシノスだが、やっと休みを貰えたらしい。しばし身体を休めるべく、現在蛙屋へ向かっている最中だった。

「最近のライシノスはんってば、遠目からでもすぐ判るっちゅーか」
「・・・・あ?」

 背後からの既知の声に、足を止めて振り返る。
 其処には金髪碧眼の――顔だけなら好青年、一言喋れば年齢詐称♪…がキャッチフレーズのお笑い吟遊詩人、ガルフォードの姿があった。

「・・・そんなに疲れてそうか?」
「背中にでっかい石でも乗せてるっちゅーくらいに、ごっつ重い足取りやで? たまには仕事をサボってみるのもええとちゃうん?」

 冗談めかしてガルフォード。釣られる様に、ライシノスも浅い笑いを浮かべる。

「なら今度らぶりぃを捕まえてみるさ」
「あぁええね、癒されそうやん」

 ……らぶりぃは、何時の間にやら癒しアイテムと化していた、らしい。

 と。
 道の反対側からこちらへ歩いてきた2人組が居た。
 片方は一般成人の腰程の背丈。小柄な姿は遠目からで亜人と知れた。
 もう片方の青年も、だが然程背が高いとは言えない。

「あ、ガルフォードさんにライシノスさん」
「お2人とも、こんにちは♪」

 2つの人影の正体は、アインとリスティムだった。
 彼らの姿を認識し、挨拶代わりに、よっ…とばかりに片手を挙げるライシノス。

「こりゃまた、珍しい組み合わせやねぇ」

 思わずそう口にしたのはガルフォード。だが確かに彼の意見も最もだ。この2人の共通点というのが、そもそも思い当たらない。

「大食いのアインさんに奢れるお金が貯まったから、今、ご飯おごってきたところなんです」
「・・・女にたかってんのか?」

 ライシノスに問われ、ぶんぶんと両手を振って否定するアインだ。

「ち、違いますよ! かなり昔の酒比べ大会で、リスティムさんが僕に奢る、という罰ゲームがあって。すっかり忘れてたから、もういいって言ったんですけど」
「ちゃんとリス日記に、メモしてありましたから♪」

 忘れないのです、とリスティム。……こういう約束程度だったらいいが、妙なモノを日記にメモられた日には大変かもしれない、とライシノスは思った。

「はろはろ〜♪みんなお揃い、だね」

 軽快な挨拶の声音が、次なる来訪者の存在を皆へと告げた。
 一見すると少年の様にしか見えないが、これでもれっきとした少女である。青銀の髪をたなびかせ、ミルファは一同との距離を詰めた。

「オランの街は広いのに、こうやって蛙屋の人たちが集まるっていうのも不思議だね」
「まぁ、オレの魅力っちゅーやつ? なにせ、永遠のてぃーんえいじゃーやから」

 きらりらんっ、と前髪を掻き揚げてポーズを決めるガルフォード。

「そういう台詞を言ってて恥ずかしくないのも、凄いよね」

 そんな彼を、ミルファは笑顔であっさりばっさりと切り捨てた。


  ◇  ◇  ◇


 一方こちらは街中でも、商店が並ぶ大通り。
 何を買うでもなく気分転換にと、店をひやかすロタの姿があった。

「うっす。だいぶ蛙屋にゃー慣れたか?」

 そんな彼に声を掛けたのは、オラン在住のラーダ神官、ロフィム。手には大きな紙袋を抱えている。
 見ればその隣には妻であるラウアールの姿もあった。勿論彼女は、最愛の息子ライオネルを抱きかかえている。どうやらヴァンス家親子3人睦まじく、夕飯の買い物をしてきた所だったらしい。

「こんばんは皆さん。・・・あ、はい、毎日楽しいですよ〜」

 実際、ロタが日に日に蛙屋色に染められているのは、蛙屋冒険者なら誰もが同意したことだろう。どうやら彼には蛙屋適応遺伝子があったようである。――別名、お笑い遺伝子、と言うのかもしれないが。

「ほー。そりゃ何よりだがよ。カーク=サトクリフ辺りが聞いたら、喜ぶだろうぜ」
「カーク・・・って、誰です?」
「あ、知んね? 蛙屋マスターの名前。まさかマスターっつー名前だったとは思ってねーよな」
「は・・・はは、もちろんですとも!」

 笑いながらのロフィムの問いに、微妙にあたふたしながら答えるロタ。どうやらポーカーフェイスは苦手の様だった。

「なあなあ、ロタはカレー、好きやか?」

 不意にラルがひょこりと顔を出し、2人の会話を遮って唐突に訊いた。
 一瞬きょとんとしながらも、律儀に好きです、と答えるロタ。

「お、お。なら俺んちのカレー、食べてくとええよ。特製ラルゴーカレーや!」
「あ〜、ちょうど腹減ってたとこなんですよ〜。はい、それじゃお言葉に甘えて」

 危機感無く承諾するロタの横では、ロフィムがびみょーな引きつった笑い顔を浮かべていた。

「…いや、その、なんだ。冒険者にゃー渡っていかなきゃならん困難っつーのはあるがよ」
「・・・? どうかしました?」
「んあー。こっちの話」

 空いている方の手をひらひら振ってロフィム。どうやら誤魔化すことに決めたらしい。

 そんな風に3人が大通りで談笑していると。
 斜め向かいの方向から、こそこそーっと近寄ってくる人影があった。

「…にゃ、にゃっほー♪ お久しぶりです〜」

 プラチナブロンドのポニーテールが爽やかで可愛らしい彼女の名前はフィリアと言う。しばらくオランを留守にしていたが、どうやら先日こちらに戻ってきた様だった。

「フィリア、なんなあ! 久しいのー」
「おー。てーか元気だったか?」

 思わず表情の綻ぶ、ロフィム・ラルの御両人。やはり見知った人間の帰還は誰しも嬉しいもので。

「うーっと、フィリアも俺んち、来るとええよ。いろいろ話聞かせてほしいの」

 あくまで『善意』で、ラルがヴァンス家のカレーな夕飯に招待する。

「え、え、あー…」

 フィリア、抵抗しようとするものの――不義理をしていた負い目があるのか、出来ない。
 結局一同はぞろぞろ揃って、ヴァンス家を目指すこととなった。
 特製ラルゴーカレーがどのような味だったのか、食べた人間がどのような反応をしたのか……、其れはまた別のお話。


  ◇  ◇  ◇


「わ、パール、冷たいってばっ」
「を? 河遊びなんだから、濡れて当然だろ」

 ぴゅいーっと、手で作った水鉄砲でフェイフェアンシアを狙い撃ちにしながら、悪びれない笑顔で河泳ぎを楽しむパール。

「むー、言ったな? おっかえしー、だぞ♪」

 今度はフェイが両手で水を掬って、ばしゃばしゃと相手にかけようとする。水飛沫が煌びやかに宙を舞い、日中の陽差しに反射して水面で弾けた。

 ――此処はハザード河河畔。
 いわゆるオランの水遊びスポットで、夏になるとそこかしこの河畔で、遊ぶ子供や大人の姿を目にすることが出来た。その光景は、ある意味夏の風物詩である。
 蛙屋に冒険者として在籍しているパールとフェイは、そんな河畔の一角で現在、毎年恒例とばかりに河遊びを楽しんでいる最中だった。自然を好むエルフだからか、単なる暑さ苦手だからか、フェイは夏になると水を好む。もともとパールも海の男であり、水と戯れるのは好きだった為、気がつけば2人にとって、これが毎年恒例のイベントと相成っていたという訳だ。

「そおいえば、ギュノーの河流れは、今日は見えない、ねー?」

 ふと思い出した様にフェイが呟けば、

「おっと、噂をすればなんとやらだ。フェイ、見てみ?」

 笑ってパールが指差した先――其処には、短パン一丁でハザード河をのへ〜〜〜ん、とぷかぷか流れているハーフエルフの姿があった。
 言うまでもなくギュノーである。というか、そんなことをするのはギュノーしかいない。パールとフェイの河遊びが毎年恒例なら、このギュノーの河流れも、立派に毎年の恒例イベントと化していた。

「パールもフェイフも、こんにーち」

 器用に挨拶だけしながら流れてゆく。
 ……ある意味、手馴れていた。

 と。
 今度は河岸の方から、聞いたことのある声音の持ち主の挨拶が響いてくる。

「や、こんちゃー、です」

 黒髪を肩で切り揃えており、服装はローブ。一見女性の様な外見の彼の名はラキス。
 だがその外見の割に、一人称が「わし」だったり、言動がイロイロ妙だったりするので、ひとたびラキスを知った人間からは、女性っぽいと言われることは無かった。

「っと、おはよーさん」
「あ、ラキスも、やほっ♪」

 河の中から手を振る2人。濡れて陽を反射するむき出しの腕が涼しげだ。
 今日のオランも真夏日と言わんばかりの気候。
 暑い日差しの中、ラキスの様なローブ姿では、嫌でも熱気が溜まろうというもので。

「涼しげですねぇ・・・。学院に蒸し暑さに対する対処法なんてのないかな」
「だったらラキスも河に入ったらどーだ? 気持ちいいぜ」
「・・・いや、ローブ姿で水に濡れたら、服が重くなって大変ですよ」
「……じゃあシェイプチェンジして、ビキニでも着るとか…」

 ぼそぼそと、どさくさ紛れにフェイが呟く。
 幸いにもラキスの耳には届かなかった様だが。

「まあ、わしはこれから学院に用があるんで、これで」

 そんではまた、とラキスは暑そうに去っていった。
 何しに来たのかは誰も知らない。

 ――――それからしばらくして。
 今度は、何故かキティが流れてきた。

「キ、キティ!?」
「今度はギュノーの真似か? 相変わらず忙しー奴だな」

 驚き笑うフェイとパール。
 ちなみにパールの台詞は、過去何度も、キティがパールの真似をしている一件を指している。

「オレはギュノーだぜ!(・▽・)」

 仮面の様な不思議表情の侭、2人のところまですすすーーーい、と流れてくるキティ。
 そうして。
 むくっとばかりに上半身を起こし、身体を流れから引き剥がして立ち止まった。

「はっはっは♪ 流れるのは気持ちいいですね。ところでぱるるんさんフェイさん、スイカ、見ませんでした?」
「キティ、新しい世界に、目覚めちゃった、んだねー…。って、スイカ? んや、見てない、けども」

 パールは?、と眼差しで問われて、彼も首を左右に振る。

「そんなもん、こっちには流れてきてねーぜ」
「あれ? でもさっき、スイカがどんぶらこと河を流れているのを見かけたんですよね。で、美味しそうだから、河を流れつつ尾行してたのです」
「……とゆうか、スイカは水に、沈むと思う、のだな」

 えっへんと得意げなキティへ、さりげないフェイのつっこみ。

「――はっ!?」
「おお、そーいやそーだな。おおかた、お茶目なウンディーネが手を貸したんだろ」
「あはは、案外うちの宿の、精霊使いの仕業、だったりして、ねー」


  ◇  ◇  ◇


「――くしゅんっ」

 走らせていたペンを止めて、小さくくしゃみをするアリア。

「誰か私の噂でもしたかな?」

 等と冗談めかして笑いながら、彼女は手元の羊皮紙に再度目を走らせた。最後の推敲、だ。

「ん、んー……よし! 此れで完成かな」

 にこりと満足げに頷いて、アリアは蛙屋の卓に向かった。


  ◇  ◇  ◇


「やぁウィンド。其方の首尾はどうだい?」
「ええ、ええ、ばっちりなのですよ。アリアさんは如何です?」
「ん、任せろ♪」

 片や――薄紅色のリボンを飾った、丸めた羊皮紙の束。
 片や――蒼穹色のリボンを飾った、大きなキャンバス。

 蛙屋に集う人達の日常を切り取った其の文章を絵を、2人はそ…っと、蛙屋のカウンターの上に置く。


 ――『蛙屋4周年、本当におめでとう御座います。
    末永い繁栄を、ずっとずっと、お祈りしております♪』――


 小花を散らした、そんなメッセージカードを添えて。

「驚いてくれますかね?」
「あはは、だといいね。其の為に、こうやって暗躍したのだし」

 顔を見合わせて、楽しそうに2人は笑った。



 ――用事は終わった。
 さてそれじゃあ戻ろうと、回れ右するアリアにウィンド。
 と、その時。
 厨房へすたたたっ、と走る子供の様な大型のネズミの様なモノが視界を掠った。
 陽気で軽快な足音、鮮やかな若草色の髪、そして特徴的な体型――。

「って、何か今、見覚えのある後ろ姿が……」
「あのぐららんイカっ腹体型は、もしかして――」

『トニス(さん)!?』



「帰って来ちゃったよーん。またよっしく〜〜〜」



 そうしてまた1人。
 馴染みの古株冒険者が、此処蛙屋に帰還する。
 
 ――――憩いの場は、皆の心に、ずっとずっと…。
 

  ◇  ◇  ◇






 アリアとウィンドが卓を去って、しばらくした後。

「ユイ、見てくださいですよ」
「…あらあらあら」

 カウンターに置かれていた贈り物に、思わず目を見張るマスターと女将の姿があった。

「そおいえばもう、丸4年経っていたですね。俺とユイの愛の結晶たるこの蛙屋も」
「あらカーク、愛の結晶でしたかしら?」

 冗談めかして、ころころと微笑むユイ。

「ええ、ええ。無論です。此の先も頑張ってみせるですよ」

 えへんと得意げな顔をしながら、カークはどんと胸を叩く。

「まあ、頼もしい限りですのね」

 嬉しげに楽しげに呟いて、ユイはつい…と蛙屋の店内を見回した。
 4年。其の年月は、建物に馴染んだ色合いをもたらすと同時に――若干老朽化をももたらしていた。
 そんな彼女の視線の動きを見て取ってだろう、カークも浅く頷いて、

「ははあ、確かに少し建物もくたびれてきたですね。今度リフレッシュさせるのも手でしょおか」
「そうですわね……あまり改装を長くしてしまいますと、こちらに泊まっていらっしゃる皆様に御迷惑を掛けてしまいますから、程々にでしょうけども」
「ええ、いっそ改装期間中、遠足のよおに皆で遠出するのも楽しいですかね」
「あらあらカーク、いったいどのくらい改装しているつもりですの?」
「はははは。冗談ですよ、ユイ」



 談笑は店内に響いて、穏やかで明るい空間を生み出してゆく。
 マスターが、女将が、此処に常連として通う沢山の人間が――皆、良い人ばかりだから。
 癖はあるだろうけども、楽しい人たちばかりだから。


 だから冒険者は此処へ集う。
 蛙屋色の日常に、ずっと此の身を置きたいからと。






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2004.8.17 Alia PL